わたしが犬の姿になってから数日が過ぎた。
最近は町の人もわたしを怖がらなくなり、
パンや水を分けてくれるようになった。
最初は悲観してたんだけど、
いつまでもくよくよしていても仕方がない。
そう思えるようになったのは、街角でこんな噂を聞いたからだ。
ローレシアの王子とサマルトリアの王子が
ハーゴンを倒す旅に出たらしい。
ローレシアの王子とサマルトリアの王子って…
ずっと昔に会った事のあるふたりの王子をまぶたの裏に浮かべてみた。
カイ…ぶっきらぼうで口数が少なかったわ。あれは絶対むっつりスケベね。
ナオ…なんだか頼りなかったような気がするわ。あの時もべそかいてたし。
でも。
ふたりがハーゴンを倒す旅に出たのならきっと
わたしのことも元の姿に戻してくれるはず。
その時までがんばって待たなければ。
わたしは心の中で拳を握り締めた。
と、視界の片隅に見覚えのある兵士の顔が映った。
彼…お城で見たことがあるような気がするわ。
なんだか元気がないみたい。
どうしたのかしら。行ってみよう。
「くぅ~ん(どうしたの?)」
「…ん?君は?」
彼をじっと見つめてみる。
何か語りたそうに見えるのはわたしの気のせい?
「かわいいなぁ」
やがてぽつぽつと彼は語りだした。
近くの草むらに腰掛けた彼の横にわたしも座る。
…聞いてくれるかい?
君に話しても仕方がない事かもしれないけれど、
もうわたしには話をする相手もいないんだよ。
…わたしはムーンブルク城の兵士だったんだ。
でも、もう兵士失格かもしれないな。
あの日、魔物の襲撃を受け、炎上する城から
わたしは、王様やユキ姫様を見捨て
仲間たちのやられる声を背中に聞きながら
逃げ出してしまったんだ。
なんてわたしは卑怯者なんだ。
今頃王様やユキ姫様は…。
ぽたっ。
彼の膝に雫が落ちた。
ふと見上げると彼は涙をこぼしていた。
「きゅ~(あなたのせいじゃないわ)」
彼の手をぺろぺろと舐める。
大丈夫よ、わたしは生きているわ。
だからもう泣かないで。
彼はただ静かにわたしの頭をなでる。
きっと誰かに聞いて欲しかったのね。
この姿のわたしはどうしてこんなに無力なのだろう。
目の前で悲しむ人を見ても慰める事も出来ないなんて。
人間に戻ったら彼に伝えたい。
生きていてくれてありがとう。
もう自分を責めるのはやめて。