暑い。と言うか、熱い。
洞窟に入って真っ先に思ったのはそれだった。
「うっわ、何これ」
ちょっと遅れて入ってきたナオが驚きの声を上げる。
驚くのも無理はない。俺だってびっくりした。
洞窟の床は、溶岩のような液体がぼこぼこと泡を立てながら流れていて
白い湯気が立っていた。
厚いブーツを履いているから多分歩けるとは思うが
熱そうなことに変わりはない。
「何だか暑いわねえ」
ユキが手でぱたぱたと顔をあおいでいる。
「そりゃお前、そんな暑そうな服着てれば」
ユキの服は、どう見ても冬服だ。おまけにフードまでかぶっていて
見ているこっちの方が暑くなってくる。
「えー、僕そんなに暑くないよ」
そう言うと、ナオはひらひらと水の羽衣を揺らした。
「そうなの?いいわねえ」
「使うなら貸そうか?」
「んー、もう少し考えてみる、ありがと」
暑くてもやっぱり、あのスケスケな羽衣は抵抗が残るのか。
おしゃれさんには変なこだわりがあるんだな。
「トラマナ!」
俺たちはナオのトラマナで溶岩の床をものともせずに先に進んだ。
「いつも思うけど、それ、便利だよな」
「えへへ」
何度もこの魔法に助けられた。
魔法…やっぱりいいなあ。
10分くらい歩いただろうか。
分かれ道や行き止まりが多くてずいぶん迷う。
「ナオ」
「ん?なあに?」
「…やっぱり貸して」
恥ずかしそうに手を出す。こだわりよりも暑さか。
「いいよ、はい」
そう言うと、さらっと羽衣を脱ぎ、ユキの肩にかけた。
「ありがと」
「ところでさあ」
「?」
「ここに何しに来たんだっけ」
「……何だっけ」
「分からないわ」
「…」
「…」
何てことだ。
「ま、まあ、何か宝物とかあるかもしれないし、先進もうよ」
「そ、そうだな。
数日船に揺られて無駄足、なんてのは嫌だから
絶対ここで何か見つけて帰るぞ」
「気合入ってるわね」
「まあな」
そしてまた30分くらい歩いただろうか。
ずいぶん奥まで潜った気がする。
「…ねえ、何か聞こえない?」
ユキが柱の向こう側を指差した。
「ん?」
言われるほうに耳を向けたが、特に何も聞こえない。
「何も聞こえないぞ?」
「もっとちゃんと聞いてよ」
何か強引に言うので、ちょっと近づいてみた。
(…ゴンさまに…いのりを…ハーゴ…さ…)
「何か聞こえるな」
「でしょ?」
「ハーゴンさまとか言ってない?」
「言ってるわよね」
「ここは…邪教の神殿とかか?」
「まだ分からないけれど…」
「…どうする?」
邪教の信者たちが集まる場所なのなら、あまり長居はしたくないが…。
「先に進みましょう。邪教の崇拝なんて許せない」
「そうか、分かった。ナオもそれでいいか?」
「うん」
「よし、行くぞ」
意を決して先に進み、声のする方に進むと
前方には大きな祭壇、祭壇の下には人外のものたちが跪き
祭壇に掲げられている何かを拝んでいるさまが見えた。
「ハーゴンさま!ハーゴンさま!」
!
「誰だ!」
司祭らしき者がこちらに気づき、叫んだ。
その姿が魔物に変化する。手には棘の生えた棍棒を持っている。
「あれは地獄の使い!」
「おのれロトの子孫ども!
ここが邪教の神殿と知ってのことか!」
いや、さっきまでは知らなかったんだが。
「問答無用!お前たちの首をこの祭壇にささげれば
きっとハーゴンさまもお喜びになろう!」
聞いといて無視かよ。
「…あいつは…」
横でユキがつぶやくのが聞こえた。
「ほお、その方はムーンブルクの王女。二度目だな」
「やっぱり…お前は…っ!」
息を呑む音が聞こえる。
「おい、あいつ誰だよ」
「…私を…犬にしたやつよ」
「そんな…」
「覚えていたとは光栄なこと。
もう一度犬になる、と誓えば、そなたの命だけは助けてやろう。
ハーゴンさまもきっとお喜びになる」
「誰がそのようなことを誓うものですか。ふざけないで!」
「そうか?這いつくばり、尻尾を振るそなたはなかなか愛らしかったぞ」
「黙りなさい!お前の言うとおりにはならないわ」
「ならここで死ぬがよい」
そう言うと、地獄の使いはこちらに手を伸ばした。
「出でよ!」
!
背後に何かが出現した気配。倒さなければ。
そう思い、剣を抜いて振り返ると、そこには宙に浮く大きな目玉。
その目が大きく見開かれ、まぶしい光を放った。
「カイ、その目を見ちゃだめだ!」
ナオの声。
…何だか…眠くなってき…た…。
ガン!
いきなり背後から頭を殴られ、俺は床に倒れた。
薄れゆく意識の中で、ナオとユキの声が遠くに聞こえた。