ぼくたちはローレシアを出発して、かねてからの目的地だった
アレフガルドに向かうことにした。
ローレシアからアレフガルドは遠い。
船に弱いカイは部屋でずっと寝ている。
ぼくは甲板にごろっと横になって、ぼーっと空を見ていた。
夕方になって、少し風が冷たくなってきた。
もう少ししたらぼくも船室に入ろう。
そんなことを考えていたら、ユキが来た。
「何してるの?」
「ん?ぼーっとしてた」
寝たまま話すのもあれなので、上半身を起こす。
「そう。…隣いい?」
「うん、どうぞ」
ふたりで甲板に座る。
ユキは何だか思いつめた顔をしている。
「…どうしたの?」
「あ、えーと…」
「なに?今朝カイにいじわるでもされた?後でぼくが叱っとくよ。
まったく困った子分だなあ」
「え、ちがう、別にいじわるなんかされてないわ」
「ほんと?」
ぼくが寝てる間、朝ふたりでどっか行ってたじゃん。
そんなことを考えると、胸の中にもやもやした黒い塊がわいてくるのが分かった。
「今朝、どこ行ってたの?起きたらふたりともいなかったし」
平静を装って聞く。どうか、他愛も無い理由でありますように。
「あ、それは、魔法の練習してたの」
よどみなく答えるユキ。
でもぼくは何か心に引っかかる物を感じた。
「魔法の練習?ユキ、練習しなくたってすごい魔法使いなのに」
そう言うと、ユキはふるふると首を横に振った。
「わたしは…すごくなんかないわ。
ナオはこの間の悪魔神官との戦いで何も感じなかった?」
「え?…悪魔神官との戦い…?…強かった…よね」
求められている答えはこんなことじゃない。そう思ったけど、他に答えが浮かばなかった。
「ええ」
そう言うとユキはまっすぐこっちを見た。
ちがう。見ているのはぼくじゃなくてぼくの向こうにある何かだ。
その目は今まで見たどのユキよりも鋭かった。
「わたし、悪魔神官と戦うまでは、自分はそれなりに魔法が使えるって、強いって思ってたの」
「うん」
「でもね。イオナズンなんて使ってたじゃない。
今のわたしにはイオナズンなんて使えない」
「…でも、勝ったよ」
「カイが囮になって、何とか、ね。…それじゃだめなのよ。
ひとりでも奴を倒せるくらい強くならなきゃ、ハーゴンには勝てないわ」
「…」
ぼくは何も言えない。
ユキに比べると、ぼくは、甘い。
ユキはさらに言葉を続ける。
「夢を見るの」
「夢?」
「ムーンブルクが襲われた時の夢」
「…」
「あの時のわたしは弱くて、ただお父様の後ろに隠れるしかなかった。
お城のみんながやられるのを見ても、何もできなかった。
わたしがあの時もっと強かったら。目が覚めるたびそう思うの」
「…ユキのせいじゃないよ。
襲われたのがもしサマルトリアだったとしても、ぼくにだってなにもできなかったよ」
「それでも。わたしはもっと強くなりたいの」
「…そっか」
と、ユキが上を見た。
もうすぐ暗くなる空には、もう一番星が出ていた。
「…一番星」
ユキがぽつりと呟いた。
「ほんとだ。もうそんな時間なんだ。そろそろ船室に入ろうか」
「…ええ」
立ち上がった時、手がポケットに触れてごろっとした。
「あ、ユキ」
「なあに?」
ポケットの中から祈りの指輪を出してユキに差し出した。
「これ、持ってて」
「だってこれ、祈りの指輪でしょ?ナオ、ずっとこれほしいって」
「いいんだ。これはユキが持っている方がいい。
ぼくが持っているより、その方がきっと役に立つ」
そう言うと、ユキは控えめに指輪に手を伸ばし、大事そうにポケットにしまった。
「…ありがと。大事にするわ」
「どういたしまして」
「ねえ、ユキ」
「なあに?」
「ぼくは、みんなで強くなればいいって思うよ。
指輪がなくたって、ぼくには仲間がいる。…それじゃだめなのかな」
「…だめじゃ…ないと思う…けど」
納得はしていない顔だ。
ひゅう
ぼくたちの間を強い風が吹いた。
「…寒くなってきたから、中に入りましょ」
「そうだね」