「で、何が気になるって?」
再び気持ち悪い思いをして旅の扉をくぐり
ザハンに戻ってきた。
サマルトリアでナオが言った「気になること」って何だ?
するとナオは遥か西の方を指差して言った。
「あれ」
指の先には天にも届きそうな高い樹が見えた。
「…樹?」
「うん。ぼく、あの樹に登りたいんだけど」
「はぁ?」
いきなり何を言い出すんだこいつは。
「サマルトリアで子どもたちと木登りの話してたら
木登りが懐かしくなっちゃってさー。
お城にいた頃はよく登ってたんだけど、どうしてもナミに勝てなくて
ぼく悔しくて悔しくて」
何なんだあのおてんば姫は。
ナオは目をきらきらさせて語る。
「すっごい高い樹だと思うんだ。ここから見えるくらいだし。
あの樹の上から見渡せば、ハーゴンの居城も見えるかもしれないよ。
すぐ戻ってくるから、登っちゃだめかなあ?」
「ああ、そういうことなら。でも俺は登らないぞ。下で待ってる」
あんな高いところに登るなんて考えただけでも冷や汗が出る。
あれは絶対塔なんかより怖いに違いない。
「ああ、いいよいいよ。じゃああの樹の方まで行ってみようよ」
そして俺たちはその樹の方角へ船を出した。
目的物がはっきりしているからだろうか。
程なくその大木のある島に着いた。
船を降り、ふもとまで歩く。
「本当に大丈夫なのか?かなり大きいぞ」
幹はしっかりしているようだが、何せ高さがある。
よくこんなのに登ろうと思うものだと感心してしまう。
「うん、大丈夫。念のために風のマント貸して」
かばんからあのダサイマントを出し、ナオに渡した。
「本当に大きな樹ねえ。見上げてたら首が痛くなってきたわ」
ユキが自分の首の後ろをとんとんしている。
「ユキはどうする?いっしょに登ってみる?」
「そうねえ、おもしろそうなんだけど、この格好だからやめておくわ」
…格好がまともなら登る気だったんだろうか。
見かけによらずなかなかアクティブだな。
「じゃあぼく行ってくるね。10分くらいで戻るからそこらへんで待ってて」
「ああ、気をつけろよ」
あっという間にナオはするすると樹を登っていってしまった。
「…すごいな」
「いいなあ」
何だか羨ましそうにしている。
ここにもおてんば姫がいたのか。
「わたしたちもあっちでちょっと休まない?」
ユキが樹の陰を指差した。
「そうだな」
木陰で腰を下ろす。
と、樹の横に古びた立て札があるのが目に入った。
「ん?何だ?」
立ち上がり立て札の方に行く。
立て札にはこう書いてあった。
1グループ1枚まで
「何を1枚までなのかしら」
「葉っぱじゃないか?…もしかして食えるのか?」
「さあ?でもさわやかな香りだし、刻んでサラダに乗せたらおいしいかも」
「天ぷらにしてもうまいかもな」
食べることを考えたら急に目の前の樹から生えている葉っぱがうまそうに見えた。
もしかしてこの樹はごちそうの山かもしれない。
それはユキも同じらしい。
「1枚持ってってみない?ちょっと興味あるわ」
「ああ、そうだな」
とは言うものの、樹には登れない。
ユキが手が届く葉っぱを見つけた。
「じゃあこれにしようかしら。…あれ?」
葉っぱを引っ張りながらユキが首をかしげている。
「どうした?」
「変ね。この葉っぱ、抜けないんだけど」
「力ないなー。ちょっと貸してみろ」
交代してその葉っぱを引っ張ってみるが、どうしても抜けない。
ここまで力を加えたら、ちぎれてしまいそうなものだが
そんなことはなく、ただ樹から葉っぱを取ることができない。
「おかしいな。よし、じゃあ奥の手だ」
腰に差しているロトの剣を抜き、茎の部分を切ることにした。
しかし。
「何だこれ?切れないぞ」
「え、うそ。だって刃物よ?」
「でも切れないんだ。変だな」
「変ねえ」
そうこうしているうちにナオが樹から降りてきた。
「ごめーんお待たせー。あれ?何してるの?」
「ん、ああ、実はこの葉っぱが抜けなくて」
するとナオはこともなげに言った。
「ああ、この葉っぱ、さっき樹の上で一枚食べてみたけど
あまりおいしくなかったから、食べない方がいいよ」
食べたのか。
「…お前上で何やってたんだよ」
「えーと、遠くを見たりしてた」
「で、何か見えたのか?」
ナオはふるふると首を振る。
「んーん、何にも分からなかった」
「そうか。ま、仕方ないな。じゃ、船に戻るか」
そして俺たちは葉っぱを抜くこともできないまま船に戻った。
どんな味だったんだろうな。…気になる。