デルコンダルの城を出たわたしたちは南に舵をとり
かねてからの予定通り、ふたつ並んだ小さい島に向かった。
ナオが聞いたという牢屋の兵士の言葉…
「はるか南の島に住むタシスン」
タシスンの島がここだといいんだけど、と思った。
…そう、うまく行くものでもないとは思うけれど。
程なくして例の島に着いた。
小さい島にはほこらが、大きめの島には町があるみたいだ。
とりあえず町に入ることにした。
どんっ!
何かに体当たりされた。…子ども?
ふと見ると半べそをかいた子どもがしがみついている。
「どうしたの?」
「あの、あのね。あの犬が吠えてぼくの服の袖を引っ張るんだよぅ」
後方を指差す子ども。
指の先には低いうなり声を上げる犬がいた。
「あーごめん俺パス」
「カイ…まだ何も言ってないわ」
「だって犬だろ?俺犬苦手なんだよ」
仕方ないわね、とナオと顔を見合わせた。
「じゃあカイは町の人の話を聞いてきてくれる?
わたしとナオはちょっとこの子の話を聞いてみるわ」
「ん、ああ、頼む」
そう言うとカイは犬とは反対の方向にそそくさと去って行った。
袖を引っ張る犬…昔犬だった頃のことを思い出す。
あの頃は孤独で、誰かに気づいてほしくて
町の人にまとわりついたりした。
でも、今はもうひとりじゃない。
「何か教えようとしてるのかもしれないわね」
「でも、ぼく犬の言葉なんてわかんないし…どうしよう」
きらーん。
いきなりナオの瞳が輝き、何かを期待したようにわたしを見た。
まさか。もしかして。
「ユキ、犬の言葉わかる?あの犬とお話できない?」
あーやっぱり。そうくるような気がしたのよ。でもねぇ…。
ナオはきらきらした目でわたしの言葉を待っている。
「…できると思うわ」
「うっわぁユキすごいや!
犬とお話できるなんてかっこいい!
ねえねえカイ、ユキすごいよ!うわーうわー」
興奮してるけどカイはもう近くにいない。
それすらも分からないくらいエキサイトしているようだ。
なんか感動されてるけど…どうしよう。
抵抗あるのよね、犬とお話って。
でもそんなこと言える雰囲気じゃないわ。
「ねえねえユキ、じゃあじゃあ
ぼくの言うことあの犬に伝えてくれる?
えーと何から聞こうかなぁ。うわーうわー」
ナオは興奮しきってて会話ができる状態じゃなさそう。
それ以前に犬とナオの会話の通訳をするのもあれよね。
仕方ないわ。
とりあえずその犬の前に行き、目の前の地べたに座った。
目線が同じじゃないときちんと会話できそうにないし。
わう?(お前誰だよ?)
わわわう(わたしはユキ。あなたに聞きたいことがあるんだけど)
わんわんわうう(すげぇ、姉ちゃん犬の言葉話せるのかよ)
わんわん(そんなことはいいから本題に移るわ)
あーもう。周りに人が集まってきたじゃないの。恥ずかしい。
と言うか…ナオ…人集めないでよ…
本気でかっこいいって思ってるみたいね。どうしようかしら。
とりあえずその犬と話をしてみて分かったのは
彼がタシスンという男の犬だったということ
タシスンがいつも金のカギを隠している場所を知っているということ
でもここしばらくタシスンが帰ってきていないということ
くらいだった。
わうわう(持ってっちゃえよ。タシスンには俺から言っといてやるよ)
きゃんきゃん(そう?じゃ、お言葉に甘えちゃおうかしら)
わうー(その代わり、またここに来いよな。俺、最近つまんなくてさ)
タシスンの犬から金のカギの場所を教えてもらったわたしたちは
カギを掘り出し町を後にすることにした。

町の奥にある神殿のような建物が気になったけれど
入り口には牢屋のカギがかかっていて入ることはできなかった。
カギもそうだけれど、あのダメージ床は何だろう。
大事なものをしまってあるのかもしれない。
また来よう。
町の人から聞いたというカイの話によると
この町は漁師町で、男たちは一年の大半漁に出てほとんど戻らないらしい。
そしてこの間、男たちを乗せた船が難破し、海の藻屑と消えてしまった、と
旅の商人が言っていたらしい。
タシスンはもう戻らない。あの犬はきっと気づいていたんだ。
託されたカギをぎゅっと握る。
タシスンの犬のくぅ~んという鳴き声が少し沁みた。