ここはドラゴンの角と呼ばれる双子の塔です。
昔はこの南の塔と向こう岸の北の塔には
釣り橋が掛かっていたらしいのですが
今はその橋も無く、向こうに行く手段もありません。
1Fにいた男はそのように語った。
「この塔は何階くらいまであるのかしら?」
ユキがその男に尋ねた。
「さぁ…ここ数年の間にこの塔にも魔物が住み着き
怖くてのぼっていないので、わたしにはなんとも」
「そう…」
その「魔物が住み着き怖い塔」で
観光案内をしているのも不思議だが
あえて突っ込まないことにするか。
「とりあえずのぼってみようよ。もしかしたら
向こう岸に渡る方法があるかもしれない。
ロープとか張ってるかもしれないしさ」
「…」
この高い塔の屋上からロープで向こうに渡ることを想像し
思わず身震いをした。
弱みを見せるのも嫌だから黙ってたんだが…
俺、高いところ苦手なんだよな。
「なぁ、外に出て海峡を泳いで渡るのはどうだ?
こんな高い塔のぼるよりその方が」
「嫌よ。あんな激しい流れ、泳ぎたくないわ」
即座に反対された。
「…そうか」
仕方ない、のぼるか。
俺たちはさっきの男に礼を言い、階段をのぼった。
そして2Fについた時、俺は
さっき強硬に「泳ぐ」と主張しなかったことを猛烈に後悔した。
歩けるところはドーナツ状に細い外周のみ、
道の幅は人がふたりやっと通れるくらいの細さ、
そしてフロアの中心部は吹き抜けになっていて
足を踏み外すと1Fまで落ちてしまいそうだ。
3Fに続く階段は、ぐるっとひと回りした向こう側にあり
この細い外周を歩くことを考えるだけで冷や汗が出てくる。
しかもただ歩くだけでも狭くて歩きづらい通路で
モンスターに遭遇したりする。
足元に気を取られ、うまく攻撃を避けることもできない。
そんな感じで3Fへの階段までたどり着いた。
3Fはきっと普通の道だろう。
そんな俺の期待ははかなくも打ち砕かれ
2Fと同じようなドーナツ状の道が続いていた。
…もう嫌だ。
そんなこんなでやっと6Fについた。
のぼり階段がないところをみると、ここが最上階なのだろう。
このフロアは今までとは違い、広い床がある。
ただ…外周がないので、足を踏み外すと下までまっさかさまだ。

ざっと調べてみたところ、やはり釣り橋はなく
向こう岸に渡る手段は見当たらない。
「ナオ、やっぱり下に呪文でおりないか」
「えー、せっかくのぼったのにー」
「ここにいたって仕方ないだろう。な、ユキ」
ユキの方に視線を移すと何か難しい顔をしている。
やがて顔を上げたユキがこっちを向いて言った。
「カイ」
「ん?」
「飛び降りるわよ」
「おまえ馬鹿か?こんな高いところから落ちたら死ぬだろ」
「馬鹿とか言うなよー」
「死なないわ。よく道具を見て。わたしたちは大丈夫よ」
道具?
言われてがさがさと袋を漁ると
風の塔で拾った黄色いマントがあった。
「このマントを着けると、高いところから落ちても
ムササビみたいに飛べるんでしょ?
ま、デザインはちょっとあれだけど、この際仕方ないわ。
カイ、それを装備して塔から飛び降りましょう。
わたしとナオはカイと手を繋いで一緒に落ちるわ」
「ここから飛び降りるの?うわあ」
…ナオの目が輝いてる気がする。そう言えばこないだの
風の塔でもこのふたりははしゃいでたな。
「ちょっと待てよ。俺こんなダサいマントつけて
飛び降りるなんて嫌だぞ」
そんな怖い真似できるか。
「嫌でもやるの。ここを越えなければ
わたしたちは先に進めないのよ。
どうしても飛び降りてくれないのなら
わたしはマント無しでこの塔から飛び降りるわ」
そう言ってつかつかと端っこまで歩くユキ。
…本当に飛び降りたら死ぬぞ。
「ユキ、危ないよ、戻ってきなよ」
ナオが説得を試みてユキに近づくがユキが立ち止まる様子はない。
「おい、ユキ」
名前を呼ぶとユキは振り返り、鋭い眼光でこっちを見返してきた。
「カイ、…もしかして、怖いの?」
怖い、確かに怖いけどそれを口にすることは許されない。
仕方がない。
俺は覚悟を決めた。
「わかった。ちょっと待ってろ」
ダサいマントを羽織る。
外から吹く風でマントがなびく。
ふわっと浮くような感じが全身を包む。
端までゆっくりと歩く。
ふたりに手を差し出しきつく握る。
「行くぞ、手をはなすなよ」
「ええ」
「うん」
すくみそうになる足を何とか前に進め、
ごくりとつばを飲み込み、
両手を仲間と繋ぎ、
俺は塔から足を踏み出した。
「うわああああああ」
激しいスピードでの落下。
体が下に思い切り引っ張られる。
胃が重力に無理に逆らって空中に留まっているような感じ。
内臓がかゆいような変な感覚に襲われる。
と、突然、下からの突風を感じた。
「…え?」
背中に羽織ったマントが風を受けて
俺たちの体は北に流される。
気がつくとさっきほどのスピードはもうない。
ゆらゆらと空中を漂い、やがて俺たちは
北の塔の横の地面にゆっくり着地した。
「…生きてる」
自分の身の安全をこれほど感謝したことはない。
いくら安全でもこんなのは二度とごめんだ。
すると。
「ねえカイ、マント貸して!
今のおもしろかった!ぼくもう一回やりたい!」
「は?」
目をキラキラさせてナオが俺の腕をつかむ。
「カイはここで待ってていいから。
ユキも一緒にやろうよー」
何を言ってるんだこいつは。
「は?おまえ何言ってるんだ?だめだめ。
ユキもこんなの嫌に決まってるだろ。
さ、先行くぞ」
と、ナオに答えたのだが…。
「わたしも行きたいわ」
なに!?
「もう一回やりましょう」
「…」
ユキの目をみるとナオと同じようにキラキラしている。
物腰は落ち着いているがかなりテンションが高そうだ。
こいつらには何を言っても無駄かもしれない。
俺は無言でマントを外してナオに渡した。
「三回くらいやったら戻るわね」
「…あぁ」
勝手にしろバカップル、という言葉が浮かんだが飲み込んだ。
まだがくがくする膝を抱え、塔により掛かって座った。
「ユキ、行こう!」
「ええ」
ふたりは手と手を取り合って階段まで走って行った。
高いところが好きな奴らの考えることはいまいちよくわからない。
さて、少し休むか。