最近日課となりつつある
ムーンブルクの兵士の彼との午後のひと時を
ぼんやりと過ごしていたら、
向こうから見覚えのある人影が歩いてくるのが見えた。
歩いてくるのはナオ、後ろの方でカイが木にもたれて立っていた。
「おいでー」
ナオが手招きしてる。
兵士が促すようにわたしをなでたので
わたしはナオのもとに走っていった。
「くーん」
「ちょっと待っててね」
そう言うとナオはリュックをがさごそと漁って
何か大きくて平べったいものを出した。
「わう?(それなあに?)」
「このかがみを見てごらん?」
え?
思わず後ずさった。
「きゃん!(嫌!)」
「え?どうしたの?こっちにおいで」
犬の姿になってからのわたしは
極力自分の姿が映るものを避けて過ごしてきた。
商店の窓、泉の水、水たまり…
事実だと言うのはわかっていてもやはり
自分が犬であるということを認めるのには抵抗があった。
どうしてナオはわたしにかがみなんて見せようとするの?
わたし、かがみなんて見たくないわ。
ナオに背を向けて兵士の元に走る。
兵士がしゃがんでわたしを迎えようとしていたから
その腕に飛び込もうとした。
たぶんわたしがいじめられていると思ったのだろう。
でも、後ろからナオの大きな声がした。
「ユキ!」
ぴたっ
足が止まった。
今、ナオ、ユキって呼んだ?
もしかして…わたしのこと…分かってくれたの?
あまりのうれしさに泣きそうになる。
ゆっくり振り返ってナオの顔を見上げると
ナオはにっこり笑ってもう一度
「ユキ、おいで」
確かにそう言った。
一歩一歩近づいてくるナオ。
あまりのことに混乱して体が動かない。
ナオはわたしの目の前に来るとしゃがんで
もう一度さっきのかがみを出して言った。
「これを見てごらん。
ぼくが君のことをもとの姿に戻してあげるよ」
きっと…何か特別なかがみなんだわ。
横目でちらっと見ると高級そうな縁取りが見えた。
怖いけど…見てみよう。
ゆっくり目を開けて、鏡のほうに顔を向けた。
恐る恐るかがみを覗き込むとそこには…
人間の姿のわたしが映っていた。
…え?
もう一度見ようと目を見開いたら
かがみがまぶしい光を放って
あっという間にわたしを包んだ。
あぁ、このあたたかい光…とても気持ちがいい。
なんだか…懐かしい気がする…何だろう…?
ぱりーん!
目の前のかがみが砕け散った。
破片が飛んでこないようにとっさに手で顔を覆った。
「…え?」
今わたし、何をした?
手が…動く。
ぺたぺたと腕や顔や頭を触ってみた。
「…夢じゃ…ない」
足元を見ると見慣れたわたしの足が見えた。
うれしくて思わず涙が出てきた。
光がおさまってだんだん周りが見えてきた。
ナオの顔が見えた。満面の笑みを浮かべている。
この人が…わたしをもとの姿に戻してくれたのね。
感極まってナオの首に抱きついた。
「え?え?」
「ありがとう…ありがとう…」
涙が溢れて声がうまく出ない。
でも、これだけは伝えたくてずっと
ありがとうを繰り返した。

犬の姿から人間に戻れたこの日。
わたしはこの日を一生忘れないだろう。