毒の沼に一歩足を踏み入れると
じゅっと白煙が立ち上った。
ブーツの間から緑色の泥水が入ってきて
触れたところが溶けたように熱くなった。
「ナオ!沼から上がれ!俺が探す!」
後ろからカイの慌てた声が飛んできた。
振り返るとカイがこっちに向かって走っているのが見えた。
でも。
「いい、ぼくが探す!カイはそこにいて!」
「!」
びっくりしたようにカイの足が止まった。
沼から立ち上る腐臭にむせそうになりながら叫んだ。
「ぼくもがんばらなきゃだめなんだ。
このままじゃぼく、前に進めない。
もう、甘えてる場合じゃないんだ。
ごめん…もう少し待ってて」
手で沼の中を探り、足の痛みに耐えながら返事を待つ。
じわじわと体力が奪われていくのが分かる。
ずきずきして集中できなくて
ホイミが唱えられない。
「…わかった。敵がきたら俺が何とかする。
かがみを探すのはお前に任せた。
…これ使え」
ぽーんとカイが何か投げた。
慌てて沼から手を抜き受け取ると、薬草だった。
「頼むぞ」
「え?」
あのカイがぼくに頼むって言った。
ぼくのこと、認めてくれたのかな。
いや、認めてくれるかどうかは、ぼくがきちんと
やることをやってからの話だ。
…がんばらなきゃ。
カイからもらった薬草を口に含みながら捜索を再開する。
水の底が見えないから手探りでぜんぜんはかどらない。
薬草もなくなって目の前がぼやけてきた。
少しずつ沼の中央まで足を進めると、
つま先が何かに引っかかって転びそうになった。
え?今の何?
急いでつま先のあたりに手を伸ばす。
肩まで毒の沼に浸かった所で手が何かかたい物に触れた。
掴んで沼から引き出してみると、それは
金色の縁取りがされた、一枚のかがみだった。

汚い沼の中にあったのに、かがみには傷ひとつなく
沼の水を弾いてきらきらと輝いていた。
「…あった…」
かがみを高く掲げてカイに向かって
「あったよー」
そう叫んだらなんだか体制がぐらっと崩れた。
ずるっ
足元が滑って沼の中で転んでしまった。
ずぶずぶと体が沈んでいく。
沼の水がどろどろして思うように動けない。
カイに助けを求めようとしたけど
首のあたりまで泥に埋まってしまってうまく声が出せない。
「ナオ、しっかりしろ!」
「…カイ…?」
カイがぼくの体を沼から引きずり出そうとしてる。
沼から引きずり出されたぼくは
カイがまたくれた薬草を食べて
何とかしゃべることができるようになった。
「カイ…ぼく…やったよ…」
「…ああ、よくやった」
体は沼の水でどろどろだけど
足や腕は毒でずきずきするけど
一歩前に進めたような気がした。
「…かがみはお前が持っていろ。
それでユキを助けるんだ」
「…うん」
「さ、町に帰ろう」
カイがキメラのつばさをリュックから出して
空に向かって放り投げた。
次の瞬間、ぼくたちはムーンペタの町の前にいた。