
「…」
目の前にはひどい匂いを発する毒の沼、そして
沼の真ん中には今にも崩れそうな城があった。
「カイ」
「ん?」
認めたくない、その一心で訊ねた。
「…このお城は?」
「ムーンブルクの城だ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない」
「だって、このお城どう見たって」
廃墟だよ、のことばを飲み込んだ。
言ったら本当になってしまうような気がした。
「…行くぞ」
カイは城に向かって進み、毒の沼に踏み込んでいく。
ぼくも行かなきゃ。でも足がすくんで動かない。
さっきのカイのことばが頭の中でこだまする。
「これから先、何を見たとしても」
そうだ。ぼくはまだ見てない。何も見てない。
ユキを、ユキを助けなきゃ。
そして毒の沼に足を踏み入れた。
じゅっと足に毒がしみる。
沼からは凄まじい腐臭が漂い、息が苦しい。
足をとられそうになりながら、何とか城に入った。
城の中もひどい状態だった。
崩れかけた壁、焼け焦げた床、むせ返る血の匂い、
開けっ放しになっている宝箱、倒れている玉座。
ふと先の方を見ると、大きい火の玉がゆらゆらと漂っていた。
カイが火の玉に向かって歩き出す。
「危ないよ、襲われたらどうするんだよ」
声をかけても聞かずに進む。
仕方がないので後ろをついていった。
「…誰か…おるのか?」
不意にどこからか声が聞こえた。
あれ?ここにはぼくとカイしかいないよね?
空耳かと思って耳をすますと、声は火の玉から聞こえてきた。
もしかして…人魂?
「誰だ」
カイがいきなり人魂に話し掛けた。
でも、誰だって…他に言い方はないのかなぁ。
人魂は静かに語りだした。

…わしはムーンブルク王の魂じゃ…
…わが娘ユキは…呪いをかけられ
…犬にされたという…おお…口惜しや…
!
王様?この人魂は王様なの?
え?ユキが犬に?犬…?
まさか!
頭にさっきまで一緒にいたムーンペタの犬が浮かぶ。
あの犬が…もしかしたらユキ?
そんな、そんなことって。
カイが王様の前で片膝をついて言った。
「…安心してください。
姫は…俺たちが必ず助けます。だから
…もうゆっくりと休んでください」
カイが王様に誓う。
ぼくも心の中で決意を新たにした。
犬になってしまったというユキ。
今…どこにいるんだろう。
どうやってもとの姿に戻せばいいんだろう。
ぼく、そんな魔法知らない。
どうすればいいんだろう。