まだ外は薄暗い。珍しく早く起きてしまったので散歩をすることにした。

外に出ると城の裏庭にカイがいた。
どうやら魔法の練習をしているらしい。
今まで気付かない振りをしていたけれど、よくがんばるわ。
あの向上心、わたしも見習わなきゃ。

二度寝する気分でもなかったから話し掛けてみた。

「うまくいってる？」
「いや、それがなかなか、って、ええええ！おま、お前っ、なんでここにっ」
「えーと、こっそり練習してたのはけっこう前から気付いてたんだけど」
え、と青ざめるカイ。
まさか本気で見られているのに気付いていなかったのでは。
「…気付かなかった？」
「……ああ」

「そう言うお前は何しに来たんだ？」
「わたし？素振り」
「は？素振り？何を素振りする気だ？」
「これ」
昨日手に入れたいかずちの杖を見せる。
「ちょっと貸してみろ」
そう言うと杖を手に持ちぶんぶん振るカイ。
「お、これ、けっこう頭が重いから打撃にも使えるな」
「そうなのよ、そう思って素振りを」
魔法使いは魔法を封じられるとほぼ無力になる。
でもこの杖があれば微力ながら役に立つかもしれない。

「わたしのことは気にしないでいつもの練習してていいわよ」
「いや、いい…」
やっぱり魔法が使えないことは彼にとって少なからぬコンプレックスなのかもしれない。
心なしか背中が淋しげに見える。
そうだ！

「カイ、これあげるわ」
「ん？」
昨日まで使っていた魔道士の杖を手渡す。
「前買ってもらった杖なんだけど、ほら、わたしにはこれがあるから」
新品の杖をくるくる回してみせる。
「そうか。じゃ、これ売って夕飯はちょっと豪華にするか」
「売ってもいいけど、使ってみたら？」
「使う？」

もう一度杖を返してもらい、今度はカイにも見えるように
杖の持ち手のところを見せる。
「えーと、ここ、持つところの親指のあたりにボタンがあるでしょ？」
「ん？ボタン？あ、あった」
杖をカイに再び渡す。
「あそこにいる大なめくじに杖を向けて、そのボタンを押してみて」
「こうか？」

ぶわっ

カイの持つ杖から炎が出て、目の前の大なめくじを焼き尽くした。

「どう？」
「…すげえ」
黒焦げの大なめくじと手元の杖を見比べて感動に浸っている。
「俺…魔法使いみたい…うわあ」
「何か適当な呪文言いながらボタン押すとそれなりに見えるわよ」
「そうか！それはかっこいいな！この炎の呪文は何だ？」
「えーと、多分ギラ」
別にえいっ、でもやあっ、でも発動すると思うけど。

ぎらっ！とか言いながらぶわぶわと炎を出して喜んでいるカイが何とも微笑ましい。
何故彼が魔法を詠唱するとひらがなに聞こえるのだろう。

「なあなあ、そっちの杖は？これにもボタンあるのか？」
「あるわよ。まだ試してないけど」
「試してみないか？…実戦でも役に立つかもしれないし」
付け足しのような理由が何とも言えない。
「じゃああのスライムの大群に打ってみようかしら」

ぴしーん

杖から雷が出てスライムを直撃した。
さっきの炎より威力が強いような気がする。

「ユキ、それさあ、ボタン押してからちょっと横に動かしたらどうだ」
「横？」
とりあえず言われたとおりにやってみると
稲妻が横に走り、スライム数匹に命中した。
「わあ、これ、すごいかも」
「なぎ払うように使うといいのかもしれないな」
こんな感じ、とカイが杖を振る。なるほど。

それから30分くらいの間、わたしたちは
杖から炎を出したり雷を出したりして遊んだ。
周りを見るとすっかり明るくなっていた。
「そろそろ朝飯の時間だし戻るか」
「そうね」
そう言えばお腹が空いてきた。
ナオも起きているかもしれない。そろそろ宿に戻ろう。