めでたく金のカギを手に入れた俺たちは
ザハンを後にして、隣の島のほこらに入ることにした。
「…ん?ここって…」
ほこらの島に渡って改めてザハンを見ると
何だか以前に見たことがあるアングルのような気がする。
「ん?どうしたの?早く行こうよ」
ナオに急かされる。
「ん、ああ、今行く」
きっと勘違いだろう。そう思ってほこらの中に入った。
…やっぱり勘違いじゃなかった。
ほこらの中には轟々と渦を巻く光。
俺は前にこれを見たことがある。あの光の向こうから。
「あれ?これって旅の扉じゃない?
ぼく本でしか見たことなかったんだ。
どこに通じるのかな。入ってみようよー」
そう、この旅の扉という名の渦をくぐると
世界のどこかにあるもうひとつの旅の扉に
瞬間移動するのだ。
そしてその行き先は…。
「ちょ、ナオ、待」
止める間もなく扉をくぐるナオ。
「あ、ちょっと待って。わたしも行くわ」
ユキが続く。
渦を巻く光の前にただひとり置いてけぼりにされてしまった。
このまま待っていても仕方がない。
俺は覚悟を決めて鼻を塞ぎ、息を止めて旅の扉に飛び込んだ。

思い出したくも無い気持ち悪さを耐え
気がついたらローレシアの城にいた。
「え、ここって…?」
「ああ、ユキは来たことなかったな。俺ん家」
俺たちはザハンの対岸にある旅の扉をくぐり
ローレシアの城まで空間移動してきたということになるらしい。
俺自身この城に生まれてからずっと住んでいて、
この扉がどこかの島に通じるのは知っていたが
まさかザハンだとは気付かなかった。
と言うかさっき知った。
「…地図」
「え?」
「地図見せてくれないか」
「はい」
ユキがかばんから世界地図を出す。
俺は地図を広げてザハンとローレシアの位置を確認した。
ザハンは地図のはるか南東にある。
ローレシアはそこからはるか北に位置する。
「ずいぶん遠くから飛んできたんだねーぼくたち」
しみじみとナオが言う。まったくだ。
「?」
ふと気がつく。
いつもこんな時にすぐリアクションを返すユキの反応がない。
おかしいなと思いユキの方を振り返ると、
がっ
目をキラキラさせていきなり俺の腕を掴んで
興奮したように早口で言った。
「すごいわカイ!こんなすごいのがお城にあるなんて!
いいなあいいなあ」
よく分からないが感動しているらしい。
「…何がいいんだ?よく分からんのだが」
「だって!瞬間移動よ!お城から島よ!すごいじゃない!」
「そうか?」
「そうよお。嫌な事があったりしたら
島に行って気分転換したりできるのよ!お庭に島感覚よ!
いいなあいいなあ」
いいなあいいなあ言いながら掴んだ俺の腕をぶんぶん振る。
何だかこいつ、反応がナオに似てきてないか…?
俺としては、嫌な事があったときに
さらに気持ち悪い思いをして島に行く気にもなれないのだが
ユキにはこの旅の扉がかなりお気に召したらしい。
ふと横を見るとナオが恨めしげな目をしてこっちをじいっと見ている。
そして俺は捕まれたままの腕に視線を移し
ちょっとした悪巧みを思いついた。
「じゃあユキ、お前うちの子になるか?」
できるだけさらっと言ってみた。
ユキの表情がきょとんとしたものに変わった。
どうやら意味がよく分かっていないらしい。
「うちの子になれば旅の扉は使い放題だぞ~?
親父も女の子が欲しいって前言ってたし
ユキの親代わりになるって張り切ってたしな~」
そしてナオの方をちらっと見てにやっと笑ってみる。
我ながら悪い性格だと思う。しかし
いつもクールなユキをからかえるなんてそうはない機会だ。
「…カイのおうちの子に…なるって…ことは…」
状況をようやく飲み込めたユキが小声で聞いてくる。
俺は滅多に見せないとびきりの笑顔を浮かべてユキに言った。
「そりゃ、お前が考えてるのと同じ意味だろうな」
「で、でもっ、わたしっ」
珍しい。どもってるぞ。しかも真っ赤になってるし。
「楽しみだなー。親父、喜ぶだろうなー。
さっそく今からふたりで挨拶しに行ってくるか?」
捕まれた腕を放し、手を握り返して、王の間に歩き出す振りをする。
勝手知ったる我が家だ。
「え、わた、わたしっ、こまるっ」
「んー?何が困る?大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なんだか自分で言ってて不明だが
ユキの反応があまりにおもしろいのでつい悪乗りしてしまう。
ばっ
「だ、だめっ!」
ナオが前に立ちはだかる。
「ん?どうしたナオ?」
「あのっ、あのねっ、こういうのってもっと、
ゆっくり決めた方がいいと思うし!
ユキも何だか嫌がってるみたいだし!」
必死になって止めようとしている。
このまま行くと泣きそうな顔をしている。
…いじめすぎたかな?このくらいにしておくか。
足を止めてユキのほうを向いて言う。
「冗談だ。気にするな」
「…え?」
「親父が親代わりになりたいと言っていたのは本当だが
ユキはユキの好きなようにするといい」
握っていた手を離してユキの肩をぽんぽんと叩く。
「そんなに嫌がるなよ。俺の妹になるの、そんなに嫌か?」
「…え?…いもうと?」
案の定違う方向に勘違いしていたらしい。
「そ。他にどんな意味がある?」
大ありなのだがあえてとぼけてみる。
「そ、そっか、そうよね。妹ね。うんうん」
「ほら、ナオにもかわいい妹いるしさ。俺もほしいなーって」
「はぁ…びっくり…したあ」
ため息をつくユキ。
「でも、よかったわ。冗談で」
そう言うとこっちを向いてにっこりと笑った。
その笑顔はあまりにも眩しくて、
冗談でよかったという言葉に、何だか複雑なものを覚える。
確かに冗談だけど…そこまで嫌がらなくてもいいような気がするが…。
自業自得だが、ちょっと凹む。
そしてその夜、ナオがずっと拗ねていたのは言うまでもない。