ラダトームを出たぼくたちは、南に舵を取り
浅瀬と岩山に囲まれた島に建つその城に立ち寄った。
新しい土地に来てまず最初にすること、それは。
ぱぷぺぽ~~山彦の笛を懐から出し吹いてみた。
まぁ吹いてみるのはいつもの話で、別に
山彦が返ってくるのは期待していなかったんだけど…
ぷ・ぺ・ぽ~~今の音!
「今の聞こえた?」
「ああ」
「山彦が返ってきたわね。ということは」
この城に紋章があるってことだ。
とりあえず王様に話を聞いてみよう。
でもこのお城、ちょっと変かも。
お城に入るとまず狭い通路ってところから変。
ここの王様、もしかして引きこもり?
とりあえず進んでみよう。
ひとりの強そうな男の人とすれ違ったので
話しかけてみた。
「お前たちも試合に出るのか?命を粗末にするなよ!」
ぽんっと肩を叩かれた。そしてそのまま行ってしまった。
「…試合?」
何の試合だろう?
通路をまっすぐ進むと左側から明かりが漏れていたので
その方向に行ってみた。
いきなり広がるコロシアム
目の前には檻の中に入った獰猛そうな野獣
右側をみるとバニーガールふたりと王様がいた。
引きこもりどころか玉座が空の下にあるよ。
雨の日とかどうするんだろ。
「デルコンダルの城によくぞ来た!」
王様の大きい声がここまで響いた。
「わしを楽しませてくれたなら、そちたちに褒美を取らせよう!」
「このコロシアムの真ん中まで進むがよい!」

「…なんか一方的に話が進んでるけど…?」
「褒美って何かしら」
「楽しませるってどうやるんだよ。とりあえずナオ、
あっち行って王様を笑わせてこい」
「えー無理ー」
「ま、行ってみるか。どうやって楽しませるか分からないが
何とかなるだろう」
カイがすたすたとコロシアムの中央に向かって進む。
あの決断のはやさはどこから来るんだろう。
かちっ
小さい音が王様の方から聞こえた。
反射的に王様を見ると、王様が手元のスイッチを押すのが見えた。
がしゃん!
目の前の檻が大きな音を立てて開き
ピンク色の野獣がカイに向かって襲いかかった。

「あぶないっ!」
ぼくとユキも急いでコロシアムに向かった。
カイを助けなきゃ。
不意打ちを食らったカイは肩から血を流している。
「
マヌーサ!」
ユキが野獣に呪文をかけると、野獣の周りをピンク色の霧が囲った。
あの霧に包まれると標的がうまく見えなくなる。
霧の中から野獣のうなり声が聞こえる。
この隙にカイの治療をしなければ。
「
ベホイミ!」
「すまない。油断した」
「大丈夫?」
「ああ」
「僕が呪文でおびき出すから、出てきたところをお願い」
「ん」
まだ霧の中でもがく野獣に狙いを定め、精神を集中する。
「
ベギラマ!」
ぼくの手から稲妻が走り、野獣に命中した手ごたえがあった。
痛みに我を忘れた野獣がカイに向かって突進してくる。
「…下がってろ」
ロトのつるぎを抜くとすぱっと宙を斬り、鞘に収めた。
「え?」
後ろも振り返らずに王様の方に歩くカイ。
野獣の方を見ると、地面に倒れて動かなくなっていた。
…いつの間に?
とどめを刺した瞬間…全然見えなかった。
ユキが向こうから走ってくる。
「カイ…強くなった?」
「うん。…すごいよね」
ぼくたちも王様の前に向かった。
カイがにこやかに王様に語りかけるのが見えた。
にこやかに?そんな顔見たことない。
いったいどうしちゃったんだろう。
「お楽しみいただけましたか」
「ああ、満足じゃ。そちたちに褒美を取らせよう」
「いえ、褒美など結構です。急いでいますので」
そう言い放つとくるりとこちらに回れ右をするカイ。
…どうしたんだ?いつものカイらしくない。
「…かなり怒ってるわね」
「え?」
ユキは今のカイの態度にただならぬ何かを感じたらしい。
確かにちょっと変だけど。
「まあそう急ぐな。そちほどの強さを持つ剣士はなかなかいるものではない。
宴の準備をしよう。そう急ぐ旅でもあるまい。ん?」
王様はまだ引きとめようとしている。
ゆっくり王様のほうへ振り返るカイ。
そのこめかみのあたりがぴくっと動いた。
さっきの微笑みはもう顔になかった。
「王よ、俺たちはあなたを楽しませるための道具ではない。
急いでいるのも本当です。
それを分かっていただけるとありがたいのですが。
一介の剣士の言うことなどは聞くに値しないものですか?」
うわ、カイ、何言い出すんだ。
やばいことにならなきゃいいけど。
「ふはははははは」
あれ?王様が笑ってる。
てっきり怒るかと思ったのに。
「気に入ったぞ若者よ。その強さとその覇気。
わしは強い者が大好きだ。
わしのもとに残るつもりはないか?」
「ありませんね」
「そうか、それは残念だ。
しかし約束だからな、これはそなたにやろう」
「?」

「気が変わったらまた来るがよい。楽しみにしておるぞ」
王様の前を辞したぼくたちは
町のはずれにある宿屋に入った。
「カイ…さっきのは何だよ…ぼくびっくりしちゃった」
「ああ、驚かせてすまない。ちょっと、な」
「わたし、カイは常識人だと思ってたわ」
呆れたようにユキが言い放つ。
「そうだよー、これが元でローレシアとデルコンダルの
国交が大変なことになったらどうするんだよ」
「もともと国交はないから平気だ」
「それでもさぁ」
「不意打ちで頭にきたのも分かるけど、ちょっとやりすぎよ?」
「…それが原因な訳ではないんだが」
「は?じゃ、他に原因あったの?」
「あぁ」
しばらく溜めが入る。
重い無言の空気を破るようにカイの口が開いた。
「あのおっさんさあ、何だか嫌らしく俺をじろじろ見ててさ
何だか身の危険を感じてな」
「…え?」
「案の定、強い者が好きだ、だの、城に残れ、だの、もう俺嫌で嫌で」
「…そんな理由だったの?」
「ああ、戦闘中も何だか寒気がして。
それであのへなちょこな攻撃も食らってしまった。おかしいか?」
真顔で問い返してくる。
何と言えばいいのやら。
「おかしいわよ。何でこの美人を差し置いてカイなの?絶対勘違いよ」
ユキ…論点ずれてるよ。
「いや、それは別におかしくない。
あのバニーガールだってオカマだぞ。お前ら気付かなかったか?」
気付かなかったよ。
なんか不毛な会話になりそうな気がしたので話題を変えてみた。
「ところで、褒美って何もらったの?」
「そう言えば聞いてないわね」
「ああ、忘れてた」
そう言うとカイは胸元からちゃらっと何かを出した。
「月の紋章だ。これでふたつ目…か?」
「そうだね。このペースならすぐ集まるかも」
「さて、これからどうする?」
「ちょっと町を歩いてみたいかな。ユキは?」
「そうね、ちょっとお店でも見てみようかしら」
「俺少し休む。何だかどっと疲れが」
「了解、じゃ、ちょっと出かけてくるね」
宿を出たぼくは適当に城下町をふらふらと歩いてみた。
同じ城下町でもサマルトリアとはずいぶん違うんだな。
と、視界の端っこに何かが引っかかった。
…何だろう?
多分あれだ。
物陰にひっそりとした牢獄が見えた。
もしかしてまだ野獣がいるのかも…。
どきどきしながらそうっと近づくと、牢の中に兵士の姿が見えた。
恐る恐る話しかけてみる。
「あのー」
「おぅ、人が来るなんてずいぶん久しぶりだな」
なかなかフレンドリーな囚人さんだ。
「何年も牢に入ってると、俺、もう退屈で退屈で。
つーか、兵士も俺のこと忘れてるんじゃないかと俺ちょっと心配。
あまりに暇だからいいことを教えてやろう」
「何ですか?」
「金のカギを手に入れろ。ここからずっと南の島ザハンに住む
タシスンという男が持っているらしい」

「金のカギ…ですか?」
「ああそうだ。世界にある金色の扉を片っ端から開けられるぞ。
そしたらお前、世の中バラ色だ」
カギを開けまくりでバラ色って方向がよく分からないんだけど
もしかしてこの人チカンでつかまったんじゃ…?
とりあえずお礼を言ってその場を去った。
宿に戻ってカイにこのことを報告する。
既にユキも戻っていて「品揃えがイマイチだったわ」なんて言ってる。
「よし、そうと決めたらさっさと行くぞ。
次の目的地は南の島ザハンだ」
「…そんなに急がなくても」
「そんなにここから離れたいのね」
「さー行くぞ」
すごい早足で城を出るカイに続けとばかりに
ぼくたちはデルコンダルの城をあとにした。